上弦の月(蠍座)と、二年越しの一人掛けチェア
まだ形になっていないもの
8月20日11:46 蠍座上弦の月
サビアンシンボルは「自分の領土にちかずく妖精たちの王」
8月20日、月は蠍座で上弦を迎える。
新月から満月へ向かう途中にある上弦の月は、まだ完成ではない。
けれど、何もなかったところから少しずつ輪郭が現れ、
「これから形になっていくもの」がそっと見え始める頃でもある。
そして蠍座は、内側に深く潜る星座だ。
すぐに言葉にしたり、誰かに見せたりするよりも、
自分の中でゆっくりと確かめる。表面は静かでも、
その奥では長い時間をかけて何かがそっと育っているこ
とがある。
そんな蠍座で迎える上弦の月を見ていたら、
ある女性の話をふと思い出した。
彼女が二年かけて、一脚の椅子を買った話だ。
「いきなり買った」わけではない
彼女は二年前に引っ越した。
新しいリビングで暮らし始めた頃から、
ひそかに考えていたことがあった。
自分だけの、一人掛けの椅子がほしい。
けれど、すぐには買わなかった。
部屋はそれほど広くない。家具は実際に置いてみなければ、
生活動線も、空間の余白も分からない。
だから暮らしながら、少しずつ考えた。
ここに椅子を置いたらどうだろう。
この大きさなら邪魔にならないだろうか。
足を伸ばす場所はあるだろうか。
そうして二年が過ぎた。
ある日、条件に合う椅子を見つけた彼女は、
そっと通販の購入ボタンを押した。
夫は驚いた。
「いきなり買ったね!」
けれど彼女にとって、それはまったく「いきなり」ではなかった。
二年間考え続けた末に、ようやく答えが出ただけだった。
彼女は普段から、まだ決まっていない計画をあまり人に話さない。
だから周囲から見ると、ときどき大胆な即決をする人に見える。
けれど実際には、その決断のずっと前から、
誰にも見えないところで考え続けている。
そして自分の中で
「これだ!」と決まった瞬間、そっと動く。
静かな時間と、突然の行動。
その落差が、彼女の面白いところだ。
ホロスコープにある「静」と「動」
彼女の出生図を見ると、この性質を思わせる配置がいくつもある。
太陽と水星は蟹座の6ハウス。
日々の暮らしや実務と関わる6ハウスに蟹座の太陽と水星がある彼
女は、自分にとって心地よい生活を、
日常の細やかな調整によって作っていく。
そして月・金星・天王星・冥王星は乙女座に集まっている。
「
なんとなく良さそう」だけでは決めない。
大きさはどうか。
使いやすいか。(直ぐうごけるか?など)
今あるものと組み合わせられるか。
本当に必要なのか。
感覚だけでなく、現実の条件を一つずつ、丁寧に確かめていく。
椅子を選ぶ時も、有名なブランドだからという理由ではなく、
実際に購入した人たちのコメントをじっくり読み込んだ。
誰か一人の強い意見より、
たくさんの小さな実感を集めて判断する。
そんなところにも、乙女座らしい観察眼が表れている。
アセンダントは水瓶座。
少し離れたところから物事を眺め、
自分なりの答えをゆっくり見つけようとする。
そして海王星は蠍座の9ハウス、22度。
この度数のサビアンシンボルは「鴨に向かって進み出るハンター」
。
長いあいだ霧の中を歩いているようでも、
狙いが定まった瞬間には静かに動き出す。
さらに太陽と冥王星は、ほぼ正確なセクスタイルを形成している。
表面的な思いつきではなく、
自分の深いところで納得したことには、
静かながらも強い意志を持つ。
彼女の中には、そんな「静」と「動」
がやさしく同居しているように見える。
結婚も、椅子も・・・
彼女は以前、
結婚を決めた時のことをこんなふうに振り返っていた。
「なんとなく、この人なのかもしれないと思った」
そして、その時は迷わず行動したという。
もちろん、結婚と椅子では話の大きさがまるで違う。
けれど、決断までの構造はどこか似ている。
すぐには動かない。
自分の中で長い時間をかけて確かめる。
そして、あるところまで来ると、ふと
「これでいい」
と分かる。
そこから先は早い。
外から見ると即決。
本人にとっては、長い時間をかけてたどり着いた結論なのである。
一人分の領土・・・
彼女の夫には、すでに立派な一人掛けの椅子がある。
座ってみれば、十分に心地よい。
けれど彼女は、なぜかそこで寛ぐことができなかった。
「これは夫の場所なんだと思う」
そう、やわらかく言った。
以前、息子と三人で暮らしていた頃には、
リビングに三人掛けのソファがあった。
息子が独立し、夫婦二人の暮らしになってから、
家具のあり方も少しずつ変わっていった。
みんなで一つの大きな場所を共有するのではなく、
それぞれに一人分の場所を持つ。
夫には夫の椅子。
そして彼女には、彼女の椅子。
年齢を重ねるほど、自分の輪郭を保ったまま誰かと暮らすためには、こうした小さな「領土」が案外大切なのかもしれない。
彼女の領土は、畳一枚ほどしかない。
小さなラグを敷き、一人掛けの椅子を置いた。
もともと家にあったスツールを足元にそっと置いた。
実際に暮らしてみれば、予定外のことも起こる。
ペットが、ガリガリと穴を掘るような仕草をする。
そこでカバーを掛けた。
買ってみたクッションは、なくても十分だった。
植物の棚の横には、置き型の読書灯を据えた。
計画通りに完成させたのではない。
暮らしながら、足したり、引いたりしている。
それでも少しずつ、
「ここは私の場所だ」
と思える風景になっていった。
今までダイニングチェアで読んでいた本を、
彼女はそこで読むようになった。
本を読む。
スマートフォンを見る。
何もしない。
誰かのためでもなく、何かを成し遂げるためでもない。
ただ、自分が座るための場所。
二年間欲しかったのは、椅子そのものではなく、
もしかするとそんな静かな時間だったのかもしれない。
満ちるのは、これから
上弦の月は、まだ満月ではない。
完成を急ぐ必要もない。
心の中で長いこと考えていること。
まだ誰にも話していないこと。
いつかやりたいと思いながら、ぼんやりと温め続けていること。
それらは、外から見れば何も起きていないように見える。
けれど本当は、見えないところで少しずつ、
静かに形になっているのかもしれない。
そしてある日、
「そろそろいいかな」
と思える時が来る。
その時は、大きなことを始めなくてもいい。
椅子を一脚置くくらいの、小さな一歩でもいい。
蠍座の上弦の月は、そんなふうに静かに育ててきたものへ、
最初の輪郭をそっと与えてみる時なのかもしれない。
まだ完成ではない。
満ちるのは、これからでいい。
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